無知のしょく罪

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甲殻類アレルギーを持っている。特にカニが絶対にダメだ。カニでアナフィラキシーを起こして死にかかったことが2回ある。2回ともアレルギーだと言っているのに、聞き入れてもらえず「食べることを強制」させられて、アナフィラキシーを起こして意識不明になった。

2回が2回とも「そんなアレルギーがあるなんて、聞いたことない。カニが名産品であるところの人間がそんなことでどうする。そんなもの練習すれば治る」と言って強制させられたというのが偶然とはいえ、あまりにも可笑しくて笑ってしまう。笑いごとではないのだけど。こっちは命がかかっているから。

1度目は、中学2年生の給食のときだ。年に1回、「郷土の食材・料理を味わう」という企画があって、その年は越前がにのセイコガニがひとり1パイずつ出た。当然わたしは食べることができないので、教室に居た担任にその旨を伝えた。すると担任は前述の言葉を言って、「食べろ、食べなくちゃいかん。食べ終わるまでみてるぞ」「どうせ好き嫌いだろうが」と言った。もう何年か前の話でニュースでも大きく取りあげられたが、蕎麦アレルギーの子どもが、やはり給食に蕎麦が出てアレルギーであることを伝えると「そんなアレルギーは聞いたこともないデタラメを言うな!」と食べることを強制させられて、アナフィラキシーショックを起こして救急車で緊急搬送、一命は取りとめた という出来事があった。

わたしが中学生のときは、まだアレルギーということばが一般的ではなかったのだろうか?と考える。カニをひと口ふた口食べた途端異変が起こったカニを触っている手が斑状に赤くなる口も真っ赤に腫れるそれが全身に拡がってあっという間に紫色に拡がり「ヒュウウウ」という呼吸しかできなくなる。担任の「なんやっ、なんやこれっ!」という声が遠くに聴こえる。後日聞いた話では、隣りのクラスの担任がうちのクラスの騒動を何事かと様子を見に来て、「アナフィラキシーじゃないかっ!誰か養護の先生呼んで来い!それから救急車呼べっ!」救急車には養護の先生が乗った。担任は乗らなかった。だからどういう経緯でこんなことになったのか医者に聞かれても説明できなかった。搬送先は県立病院で、幸いわたしが受診したアレルギーテストのカルテが残っている。

「本人はよく分かっているのだから、自分から食べることはない」と医者は主張したが、肝心の人間がその場にいないので何があったのか説明できなかった。学校から連絡が来て、親が病院にすっ飛んできて、同じことを養護教師に言ったが、答えにならなかった。今ならば、父母説明会が急きょ開かれて経緯と責任を問われるところだが、当時はそんなことは行われなかった。

後日実家へ、教頭と養護の先生、担任が説明と詫びに菓子折りひとつ持って来たが、それで話は終わりになってしまった。家族内の問題と、父が県の公務員・薬剤師で、当時県庁で役職をしていたことなどあって、騒ぎを大きくしたくなかったのだろうと思う。

2度目はまだ結婚していた頃、元夫の実家で義父に同じことを言われたので、「分かりました。死んだら責任よろしくお願いしますね」酔っぱらっていた義父は鷹揚に笑って「おう、任せておけ」と言った。そして同じことが起こる。その場の全員が腰砕け状態になってしまい、わたしは自分で119番をして、ひとりで救急車に乗った。この1件も離婚の原因になっている。

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